大好きだった。でも、もう行けない。アイドル現場を『他界』する時に見えた景色

昨日まで当たり前のように握っていたペンライトが、
急にただのプラスチックの棒に見えてしまう瞬間があります。

昨日までいくらでも叫べていた愛のコールが、
突然呪詛に聞こえてしまう瞬間があります。

推しの可愛い顔を撮るための頼もしい相棒が、
ただの重りに感じてしまう瞬間があります。

それは突然やってくることもあれば、
静かに、雪が積もるように訪れることもあります。
今回は、一人のオタクが現場を去る(他界する)決意をした瞬間のリアルを綴ります。

自分の声がノイズだと思えてしまう瞬間

グループを盛り上げたい、もっとたくさんの人に楽しい現場だと思ってほしい。
そんな願いを込めてデビュー当時から色々なコールを入れてきました。

だけどいつからか、そんなコールは疎まれ、あえて上書きされるようになりました。

圧倒的少数派。自分が必死で声を張り上げれば張り上げる程、
それは周囲からは浮いた、場違いなノイズになっていったのでした。

リズムもフレーズも完璧に言えるように意識し続けたコール。
正解だったはずのコールは、いつしか不正解になっていました。

気付けば、声は出なくなりました。
ただ推しメンの名前を叫ぶことしかできませんでした。
けれど、その声はひどく荒々しく、
他のメンバーへの当てつけに叫んでいるように聞こえました。

自分は、この子たちを応援するにはふさわしくない。

声は出なくてもシャッターなら…そう思っていた。

コール出来ない分、その姿をカメラに収めようとしました。
けれど、名前を呼べないメンバーが目の前にいる間、
ひどく失礼なことをしている気がして、ファインダーを覗けませんでした。

コールも撮影もなかったころ、
どうやってライブを楽しんでいたか分からなくなっていました。

あんなに頼もしかった相棒は4kgの重りになっていました。
気付けば床にカメラを置いていました。

あんなにこだわって新調したスマホで撮影した動画、
自分の罪を記録した映像のようで、見ることは出来ませんでした。

コールごとにいくつもの再生リストに入れていた曲、
その全てが当てはまる再生リストのない動画になってしまいました。

未来を語る言葉は失われた

現場を離れることを決めてから、すでに取っていたチケットの分はライブに行きました。

推しメンには期限を伝え、それまでは来ること、
お話にも来ることを伝えました。

私の誕生日当日、事前に頼んでいたブロマイド、動画は日付が変わるとともに届きました。
これを着て欲しいというリクエストにも応えてくれていた推しメン。

とても似合っていて、可愛くて、
飛び上がって喜ぶくらいに幸せな動画になるはずでした。
それなのに、あんなに悲しいことを言わせてしまった。

ブロマイドにもお祝いの言葉とお別れの言葉。
お祝いでいっぱいにしたかったはずなのに、ごめんね。
ありがとう。

誕生日当日をライブで迎えられて、たくさんお祝いしてもらったけれど、
これが最後なんだと思うとお互い言葉を選んでいるのが分かってしまう瞬間。
嬉しいはずなのに、心の底から喜べないタイミングが何度もありました。

末永くよろしくねというテーマで撮った宿チェキも、
誕生日当日に渡してくれました。
ずっと笑顔でいてねという願いが込められたチェキ。

本当は違うチェキにしたかったと書いてくれていたのがとても悲しかったです。

初めて立った大きなステージ。
とても楽しみにしていたライブも声は出せませんでした。

特典会で、初めてのステージに立てたことを一緒に喜び、
「また立ちたい」「きっとすぐ立てるよ」
そう語った言葉も、その時には自分はもういないのだと思うと、
「応援してるね」という言葉を絞り出すのがやっとでした。

二人の間で未来の約束は出来なくなりました。

トークポートで話している時、今までの感謝の言葉をもらいました。
「たくさん支えられてたんだよ」という言葉に、
今までのやり取りが走馬灯のように頭をよぎりました。
これが「他界する」ということなのか。

支えられていたのはこっちの方でした。
仲良しのまま終われるように、出来る限り優しい言葉を選んで、
届ければ届けるほど、「泣きそうになる」という言葉が胸に刺さりました。

「やっぱり通うのやめるのは、やめる!」そう言ってあげたい気持ちでいっぱいでした。

けれど、それは守れない約束。
最後までその言葉は出しませんでした。

出禁になるわけではないから、絶対行けないわけではない。
ピンチの時は駆けつけるよ。

そう約束はしたけれど、ピンチなんて訪れて欲しくはない。
自分がいない所でも、明るく楽しく笑顔で活動してほしい。

それがたった一つの願いです。

折れかける心、君との約束。

ワンマンライブまでは行くと伝えていて、
元々大成功させてあげたくて招待の声をかけていた人も10人以上いました。

現場を離れることを決めてから、
「このまま招待するのはすごく失礼なのかもしれない。」
そう思って一度は招待はやめようと断りを入れた人もいました。

だけど、錬日遅くまでフライヤー配りを頑張っている推しメン。
その様子を見ていたら、「やり切ると決めたじゃないか」と気持ちを改めました。

一度は断った人にも、「やっぱり自分の最後の瞬間を見て欲しい」
そう伝えて、来てもらえることになりました。

なんとなくタイムラインを見て部分的に察してくれていた人、
似たような境遇で思い悩み、
会った時に語りましょうと意気投合して来てくれた人。

返事待ちの人が何人かいて、
持っている招待チケットで足りるか不安になりました。
そんな時に「ワンマンライブのチケット完売間近」
という告知がされました。

当日券はないとの事。
迷わず追加チケットを取りました。

程なくして、ワンマンライブまで3日を残してチケットは完売しました。
追加しておいてよかった。
心の底からそう思いました。

そして、事務所の姉妹グループのライブで、
チケット完売になった時の撮影レギュレーションがあり、
三脚や一脚、踏み台は使用不可という物でした。

けれど、推しのワンマンライブは完売時のレギュレーションは異なっていました。

「三脚、一脚、踏み台の使用は最後列のみ可能」
私の顔を思い浮かべながら話し合って決めてくれたのではないか?
そう思ってしまうくらい、撮影する人の事を考え、
必要としてくれているレギュレーションでした。

「間違いなく、ワンマンライブは大成功する。」
そう確信しました。

自分にとってはラストのワンマンライブ。
安心出来るように頑張ってくれたのかな?
なんてこともチラッとよぎりましたが、
単純にメンバー達の実力だと思います。

大成功のワンマンライブ。安心して離れられるはずなのに。

自分が入る分以外に招待用で8枚のチケット。
当てもなく買った物ではありません。
明確に「この人とこの人が来てくれることになれば足りなくなる」
そう頭の中で割り当てまで考えて追加分を買いました。

当日どうしても急な仕事が入ってしまった人や、
ギリギリまで調整してくれていたけどどうしてもダメだった人、
そういった人の分は余りになっていましたが、
当日に急遽ライブに来られるとなった人が余りのチケットを探していました。

その人達に入場してもらうのに使い、
購入した8枚のチケットは全て誰かの手に行き渡りました。

パンパンになったフロア、
それでもなお踏み台と三脚を使って動画も写真も撮らせてもらえる喜び。

何より、普段と違うフロアの顔ぶれに、
「もしかしたらコールも届くかも」
かすかな希望が湧いてきました。

でもそれは叶わぬ望みでした。

やっぱりどこまでいっても孤独なコール。
満員なのに一人ぼっち。

それは普段のライブよりもずっと心に来ました。
何度もコールをやめようか迷い、
少しずつメンバーコールを減らし、
温存を考えるようになっていました。

もしかしたらワンマンライブで気持ちが変わるかもしれない。
もっと応援していたいと願ってしまうような現場になるかもしれない。

それも起こりませんでした。
「やっぱり、自分はここにいるべきではない。」

その気持ちは当初よりも重く、大きくなっていました。

MCで先のライブの事を話している時も、
私にとっては完全に他人事でした。

推しメンとも語れなくなってしまった未来は、
他のメンバーが口にした時には完全に無関係な言葉になっていました。

「自分は今日死ぬのか、すでに死んでいるのか」
他界する瞬間はいつなのか、ぼんやり考えていました。

最後まで誠実なままで

私はそのグループの事が大好きでした。今でも大好きです。
出来る事ならもっと大きなステージに立ってくれるのを見守りたかった。

だけど、自分自身をノイズだと感じてしまった。
そのまま存在し続けることに耐えられない。
グループが誰かにとっての楽しい場所であるように、
それを守るための最後の愛の形が「他界」でした。

さよなら大好きな人。大好きなみんな。

こうして一人のアイドルオタクのオタクとしての人生は、
幕を閉じたのです。